コンピュータが仕事を奪う【読書感想】

コンピュータが仕事を奪うを買ったのは職がなければ遊べばいいのに – 書評 – コンピュータが仕事を奪うを読んだから

読んでいる途中に気がついて、びっくりしたのは著者新井紀子。年齢とか職業とかではなくNetCommonsのキーマンだったこと。
NetCommonsのキーマンが書いた本。読み方がかなり変わりますよ。

NetCommonsがどの方向に行くかはわからないがNetCommonsと心中するつもりもないけど、何を考えて、何を目指して作ったのかが少しはわかるといいなぁ。

国語の大村はまとは違い数学の人。
中等教育の大村はまと高等教育の新井紀子だからかもしれないが
書き方も全然違うよねぇ。
読んでいて差を感じるのもおもしろい。

人間とコンピューターって何が違うの?
画面の向こう側に居るのは人?コンピュータの出力結果?

オビに書かれている「ホワイトカラーの半数が消える?」は読み進めればもしかして数年後にはって思う。

「思い」を実現するための能力(p58~p60)にある

21世紀においてコンピュータを使いこなすとは「思い」をプログラムに落とし込める能力

この文章は重い。
ある人とも話しているが想いが無い人には負けたくない。に通じるものがある

ネット上に学びの場を創る

はカートに入れておこう。

コンピュータは飛躍的に性能はあがっているし、上がり続けるとおもう
人がなにをして、コンピュータに何をさせるのか?
気がつけば私がしていることはコンピュータでもできることになっているかもしれない
それはそれで恐ろしい。
アイデンティティとは?なんてところまで行きかねない話

ただ職がなければ遊べばいいのに – 書評 – コンピュータが仕事を奪うに書かれている

しかしそもそも仕事なるものは人が人として生きて行くのに欠かせないものなのだろうか?
本書の設問そのものにこう疑問を投げかければ、答えは明らかとなる。
本書にないもの、それは「」である。
コンピューターに出来ないことのうち、なぜかこれだけ抜けているのである。
コンピューターは、仕事しか出来ない。ゲーム機で遊んでいるのは人であってコンピューターではない。そしてコンピューター以降に創出された仕事のほとんどは、ゲーム機に代表されるように、遊びそのものか遊具づくりなのである。なぜ未だに多くの人が仕事にありつけるのか。不要不急の遊びが仕事化されたからだ。

それは感じるし、高度に発達した学びは… – 書評 – お金と生き方の学校に書かれている

学びこそ、最高の遊びなのだ、と。

あと最近AWSを使って感じたのはこの業種の死
私が今やっている業種は死ぬのでは無いか?という不安がこの本を読むとリアルに感じる。

労働の単価は、理論上は世界の最低賃金にまでさがっていく」(p121)

これは可能性は否定できない。
ネットが発達して場所を越えて仕事することができたら
本書ではアウトソーシングではなくクラウドソーシングという単語を使っているが
沖縄は本土とではなく世界を相手に仕事を取ってこないといけないかもしれない

ホワイトカラーに勝ち目はあるのか(p191)に

ホワイトカラーの仕事は、コンピュータの本格的な登場によって、上下に分断されていく

これは感じる。
上下かどうかはわからないけど前々から分かれつつある仕事の差がどんどん広がる?乖離しているような気がする。
機械(コンピュータ)ではコストがかかる業務を安くするために人を使うという逆転はいろいろな業種で起きていることだよな。

私は・・・・・本気で遊んでみる!!を目標にやっていこうかな。

どう遊ぶか?のヒントも書いてある
ホワイトカラーに勝ち目はあるのか(p190)に

コンピュータが苦手で、しかもその能力によって労働の価値に差違が生まれるようなタイプの能力で多々くぁざる得ない

あがくしかないよね。
あがいていく、遊んでいく、楽しんでいく。
人生を楽しもうかな^^;;

「第二言語としての数学が話せる能力」につながっていくかわからないが
微積はもう1度基礎からやりなおしたい。
先月買ったNewton 2011年 02月号の特集が「微分・積分」を特集―これならよくわかるだったので読み直すところから始める。